足利義輝の野望

南大和の信貴山城は、三好家の勢力が及んでいる。
ただし、この地域は奈良盆地にあたり、大坂を中心とする近畿の三好勢は、行軍に苦労していた。
そこを衝き、足利義輝、細川藤孝、森田浄雲らは、孤立した信貴山城に攻め入った。
「敵将・荒木村重は篭城してございまする。三好からの援軍もありますまい。一気に攻め落としましょうぞ」
「うむ、では門を打ち破れ!」
足利義輝以下、諸将がかぶき門に殺到する。打ち壊す衝撃も、だんだんに激しくなってゆく。
「此度の戦、まず勝ちは動くまい。しかし荒木村重、館に篭もったと思いきや、あれほどの鉄砲を持っておるとは。いったいどこから……」
「おそらく国友にございまするな。鉄砲の一大ブランドとでも申しましょうか。種子島にならぶ銘筒にございまする。
そのほかに一色氏の稲富というものもございまするが、鉄砲鍛治が作れる城は貴重でございまする。鉄砲は威力も大きく、高う売れまする」
「国友か、たしか雑賀城であったな」
「はは、本願寺一派の雑賀衆が守ってございまする」
「で、あるか」
三好家の勢力の中でもっとも弱い信貴山城を落とし、足利は大和一帯を手中に収めた。
足利義輝はさらに尾張守護代の織田信長を攻め、これも平定。ここに、群雄・足利家が誕生する。

「豊かな尾張を手中に収め、人材も豊かになりました。柴田勝家、羽柴秀吉などはなかなか見所がありまする。京に呼びましょう」
「うむ、ときに藤孝、北畠が我が家と共闘を申し入れてきたが」
「はは、とりあえずお受けなさいますのがよろしいかと。北畠と鈴木の勢力は拮抗していると存じます。
鈴木を足利の傘下に降すにしても、ここは北畠と手を組んで、まずは鈴木家の力を削いでみては」
「分かった。北畠はいずれ攻め込もう。そのときに雑賀衆の力を見ようぞ」
1556年夏、北畠晴具は鈴木重意が篭城する雑賀城に攻め込んだ。
北畠軍は6000であり、篭城側2000の三倍の兵力である。
北畠晴具は足利義輝に援軍を要請。義輝は細川藤孝、森田浄雲、島清興の諸将を送った。

「さて、援軍として参上したのはいいものの、北畠は苦戦しておるようだな……」
北畠勢は、ひとつめの城門を何とか破り、矢倉を攻撃しようというところで、消耗のあまりに後退していた。
6000もいた兵も、けが人が続出して2000まで減り、本陣に逃げ戻っている有様であった。
「とはいえ様子を見ぬことにははじまらぬ。前進せよ」
大和勢の島清興、森田浄雲が先行する。とくに島清興は仕官したばかりであったが、足利幕下においても随一の猛将として知られつつあった。
「うおお、あちらの鉄砲は何丁あるのだ」
「凄まじいまでの連射でございまする。これでは戦になりませぬ。一度ひきましょうぞ」
「うむ、鈴木重意が鉄砲の名手とは聞いておったが、ここまでとは思わなんだわ」
足利方4000の兵は、城門近くまで接近しながらも、ついに交戦することはなかった。
城下に戻った諸将は、即席の軍議をひらく。
細川藤孝を中心に、将たちはしかめ面をつきあわせていた。
「勝ち戦ではありますが、あれほどの連射では被害は甚大になりましょうぞ」
「ここは武家の施設だけを破壊するのが上策。町人や農民の町を壊しては反感をくらいまするが、武家ならば大丈夫でございまする。
ここは鈴木家が召し抱えることができる兵力を削る策にでてみれば」
「うむ、そうであるな。それにしても鉄砲とはなんと強力なものよ。たった2000程度の軍勢に10000の兵が逃げ帰るとは」
足利隊が城下の武家町を攻撃、そして北畠隊は退却。
鈴木勢の精強さを背にしながら、北畠晴具は唇をかみ締めたという。

惨敗を喫した北畠に、再度攻め込む余裕はなく、それからほどなくして足利義輝が雑賀城に出陣。
これを落とし、鉄砲鍛治で著名な国友を勢力下に加えた。